本願寺の米びつは底が見えた

中外日報 平成20年1月17日号より「80億割り込むか?」
 本願寺派の予算案が、前年比約2.5%マイナスになっている。これは、親鸞聖人750回忌の法要への寄付が響いてのことだと報道されています。
 しかも一時的な減少ではありません。現実に、門徒離れの影響が、報じられている通りです。

「宗門振興推進金庫の蓄えが、宗門長期振興計画推進費への回金もあり、じりじりと減り続けて「米びつの底が見えつつある」という厳しい状況にあることだ。」(中外日報)

 仏法を説かなければ、門徒の皆さんも、なぜ寺に財施するのか分からないでしょう。
「口を開けば、住職はお金の話しかしない。」というのは、よく聞く話ですが、声をかければ、自然と門徒の方々が、懇志を出されるのではありません。
 法施なくして財施なし。
 仏法を伝えないところに、財施はないのです。
 そういう当然なこともなされず、ご門徒の皆さんを財産のように思ってきたことが、いよいよ結果と現れてきたのでしょう。

 親鸞会は、親鸞聖人のように、蓮如上人のように、阿弥陀如来の本願を、その広大な救いを、正確に、一人でも多くの方に伝える為にのみ存在し、その通りに実行してきました。
 そして本願寺にも、本来の有るべき姿に戻らねば、本願寺はこの地上からなくなるだろうと、常に警鐘を鳴らし続けているのが親鸞会です。

 警告がまさに現実のものとなり、この先本願寺はどうなっていくのでしょうか。
 親鸞会は、ただひたすら親鸞聖人のみ教えを、丁寧に、分かりやすく、お伝えする活動を、これからも続けていきます。

» No Comments

名前だけになったご満座

北日本新聞 平成20年1月15日号の記事より

「デカローソク前に合掌」勝興寺 御満座法要始まる。高岡市伏木古国府の国重要文化財・勝興寺で14日、御正忌報恩講「御満座法要」が始まった。参詣者は同寺伝統の「デカローソク」の前で手を合わせ、浄土真宗の開祖、親鸞聖人の遺徳をしのんだ。(北日本新聞

 勝興寺の御満座といえば、本堂一杯に、ご門徒さんがあつまり、仏法の話を夜通ししたというところで有名です。
 ところが今年、実際に、その場に行った人の話を聞くと,御満座はすでに、名前だけになってしまった。
 満員どころか、会場に来ていたのは、30人ほどで、正信偈のおつとめが終わると,みんな帰ってしまったそうです。

 夜の部は,おつとめだけで一言の法話もなく、「寺の宝物を公開していますので、どうぞ皆さんゆっくりご覧ください」というアナウンスの声も空しく響いていたとのこと。

 寺で親鸞聖人の教えを聞けなくなったと言われてから久しくなりますが、北陸でも有数の寺の報恩講がこれでは、ほかの末寺は推して知るべしでしょう。

 親鸞会館の2000畳大講堂は、報恩講に限らず毎月多くの参詣者が,親鸞聖人の教えを聞きに全国から集まっておられます。
 親鸞会館に参詣され、高森顕徹先生の講演を聞かれれば、なぜ勝興寺に人が来なくなったのか、「デカローソク」だけが新聞記事の話題になってしまったのか、自ずとお分かりになるでしょう。

» No Comments

木像が一番丈夫やろ、だから木像がええんや

上島亮平さん(仮名)

 私は、親鸞会で仏法を聞き始めて、1年くらいの者です。

 最近、縁があってある本願寺派の末寺で、住職と話をすることがありました。

 ここの僧侶は、親鸞聖人のお言葉をよく知っていて、いろいろの言葉を調子よく話していました。

 私が、「仏教で自殺してはならない理由ってなんですか?」と尋ねました。
 すると急に僧侶同士が顔を見合わせ、困り始めました。
「仏教にそんな理由教えられていたかなあ?」
 相当の時間、ああでもないこうでもないと独言をいい、最後は「また調べてみるわ」というのです。

 そこで、私が、「ならば信心決定しないで死んだらどうなるのですか?」
と尋ねると、
「それは六道いうてな、迷いの世界をぐるぐると回るんや。」
というのです。

「では、『我らが今度の一大事の後生』と書かれているのはどういう意味ですか?」
と尋ねると、
「それは今度の一大事、いうことでこの世が一大事いうことや。」
と、わかったような分からないことを言います。

 仏教は後生の一大事を知るところから始まり、後生の一大事の解決に終わると、いつも聞いています。その後生の一大事を説かなくて、どうして親鸞聖人のみ教えと言えるのでしょうか?

 そして
「親鸞会いうんがあってな、蓮如上人が、
「木像よりは絵像、絵像よりは名号」と書いてあるから
本尊は名号でないとあかんいうんや。
けどな、木像が一番丈夫やろ、だから木像がええんや。」

 私は空いた口が塞がりませんでした。親鸞聖人が泣いておられる姿が瞼に映ります。

 宗制が改正され、たてまえは「本尊は南無阿弥陀仏」と認めましたが、末寺の実態は、このような状況なのだと知らされました。

コメントは受け付けていません。

本尊は御名号に

 石山 吉信さん(仮名)

 私の義理の父は、門徒総代をしていましたが、その父が亡くなくなった時、住職が
「ここの人は、寺にあまりしてくれなかったからな」
と言ったのです。

 それを聞いた私は、大変腹が立ち、すぐに寺と縁を切りました。

 その後、親鸞会の講演会のチラシにある親鸞聖人という名前を見て、「よく聞くがどんな人かな?」と思い、学び始めました。

 2、3カ月もすると、親鸞聖人のお言葉は不思議でした。聞いたその時は心にグサーッと痛いんだけども、後でほかほか温かくなってくるのでした。

『正信偈』も一日3行ずつ覚え始めました。さらに半年ほどたったころ、蓮如上人のお言葉が気になったのです。

「他流には『名号よりは絵像、絵像よりは木像』というなり。
   当流には『木像よりは絵像、絵像よりは名号』というなり」

 家の仏壇の御本尊は絵像だったのです。御名号本尊に早速、変えました。

 お仏壇の周りも気になり、神棚、床の間にあった布袋の置物や弁天の額、縁起物といわれるものも一気に処分しました。
 小学校から帰った孫が思わず、「神サマがおらん」と声を上げましたので、「一番えらい阿弥陀さまだけでいいんじゃ。一向専念無量寿仏(あみだぶつ)だからな」と頭をなでながら諭しました。

 1年近く、親鸞会の講演会に参加して、親鸞聖人の教えに従うなら、人生に後悔はないと確信しています。

 親鸞会の会員となり、親鸞聖人の教えに従ってゆきます。

コメントは受け付けていません。