本願寺の現状・故人を祀る築地本願寺
 一体どちらが被害者なのか

築地本願寺の「hideノート」

朝日新聞の記事より

 ロックバンド「X JAPAN」のギタリストだったhide(ひで)さんの葬儀が行われたのは、東京・築地本願寺です。平成20年で10年経つことになります。
 その築地本願寺には、今も訪れるファンの為に「hideノート」が置かれているという。

 hideノートは、告別式の翌日、悲嘆に暮れるファンに自分自身を見つめてもらおうと、寺を拠点にホスピス活動をする団体「浄土真宗東京ビハーラ」が置いた。本堂の隅の、紫の布で覆われた机に、最近の十数冊がある。
(中略)
 本堂は本尊を拝む場所。故人を祭るのは宗旨に反するのでは? そう堀江さんが尋ねると、お寺の吉川孝介庶務部係長が答えた。「宗旨にも矛盾するし、初めはどうかなと。でも、この子たちは少なからずhideさんを縁に仏教に出会ったのですから」(asahi.com:ノートに託す心の交流 hideの死から10年

 浄土真宗の寺の本堂に、故人が祀られているのをみて、hideを訪ねてくる若者は一体どのように思うでしょうか。
「死んだhideは、寺にいて、ここに来れば会える」という感覚なのではないでしょうか。

 本堂と言えば、ご本尊がご安置され、仏法が語られる場所。決して故人に手を合わせる場所ではありません。
 それは「死んだ人間や動物の霊魂が、宮や社に鎮座している」という信仰で、仏教ではそれは鬼神信仰という迷信だと親鸞聖人は

かなしきかなやこのごろの
和国の道俗みなともに
外儀は仏教の姿にて
天地の鬼神を尊敬す

と、徹底的に批判されている教えです。

 寺の役員も「浄土真宗の教えに反する」と認めているとおりです。
 浄土真宗の本堂で、そのような仏教の教えと相反することを、容認し、一体何をつたえるというのでしょうか。

 築地本願寺の本堂は、門徒のみなさんの浄財で建てられたもの。その浄財は、親鸞聖人の教えを正しく伝えるために使うべきものです。

 これでは財施された方々こそ、被害者といわざるを得ないではありませんか。
 親鸞会に対する被害を訴える人の中に、財施についてあれこれ言う人があります。財施というのは、その人が自主的に、仏法のために使ってもらいたいという尊いお気持ちで出されたものです。
 親鸞会では、会員の浄財は、すべて親鸞聖人の教えを伝えるために使われています。

 教えに反するでたらめを平気で行う、築地本願寺の本堂と、常に親鸞聖人の教えが説かれる親鸞会館と、それぞれ皆さんの財施で建立された建物ですが、いったいどちらが被害者なのでしょうか。
 考えるまでもないでしょう。

 被害家族の会は、親鸞会に財施した方の領収書のコピーらしきものをあげて「被害」と称していますが、仮にこれら本物としても、ご本人の尊いお心を一体どう思っているのでしょう。
一昔前なら、お寺の建立に大金を寄付したなら、尊敬されこそすれ、だまされていると思う人はなかったはず。親鸞会への財施は、どうして被害になるのでしょうか。
それこそ、寺院関係者による悪らつな中傷ではありませんか。でたらめなことを親鸞聖人の教えとして吹き込まれ、これまでだまされてきた、今もだまされている本願寺の門徒の方々こそ、最大の被害者ではありませんか。

 その「本願寺被害家族の集団」が、浄土真宗親鸞会となったと言っても過言ではないのです。

よくある質問

親鸞会に寄せられるご批判や、意見について参考になる情報を提供します。

財施について

無条件服従について

マインドコントロールについて

作者へのメール