一向専念説かぬ寺は要らない
自宅の神棚に祝詞を言い、90度向きを変えて座り直し、仏前で勤行をする。これを40年続けてきた山下恵三さん(仮名・81)は、
「知らなかったとは言いながら、親鸞聖人が悲しまれることばかりしてきました」
と嘆き、寺の存在意義を問う。
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親鸞会で話を聞くようになり、胸中深くしみ込んだ親鸞聖人のお言葉は、
聖道・外道におもむきて余行を修し余仏を念ず、吉日・良辰をえらび、占相・祭祀をこのむものなり、これは外道なり、これはひとえに自力をたのむものなり
(一念多念証文)
であった。
建築業を営んでいたため、設計図をかく時はいつも、家相を気にした。着工前には、日の善悪を調べて、地鎮祭の日取りを考えた。
地鎮祭は年に十数回、�善い日�には、神事が集中して神主を呼べない時もあり、しかたなく自ら�御幣�を振り、�祓い�の言葉を上げたこともあった。
仕事を息子に継がせた70歳からあとは、全国各地の他宗寺院を訪れ、�百観音参り�をした。
「まさに、『余行を修し、余仏を念じ、吉日をえらび、占相・祭祀(占いや祭り)をこのむ』私でした」
と語る。
仏法とは無縁だった、のではない。自宅の隣には、岐阜県有数の大谷派寺院があり、60年以上世話をし、門徒総代も五年務めたという。
「でも、親鸞聖人のお言葉をまともに聞いたことは、一度もありません。住職が熱心に話すことは、『庫裏の建て替え時期だから、寄付を募ってくれ』とか、『宝物殿にガラスケースが必要だ』とか、お金の話ばかりでした」
自宅を訪ねてきた親鸞学徒を縁に、真実の仏法に出遇ったのは五年前。初めて、一向専念の教えを知らされた。
「ショックでした。今までよいと思ってやってきたことが、仏法とは全く異なることだったのですから」
間もなく、自宅にあったすべての雑縁を処分して、弥陀一仏に向かう親鸞会の会員と生まれ変わった。