中外日報(平成21年3月19日)話し合い法座を増枠
「教化伝道に聞信徒との融合大切」
「現代社会に応える宗門を築きたいと思います。そのためには、人びとの悩みや思いを受けとめ共有する広い心を養い、互いに支え合う組織を育て、み教えを伝えなければなりません」
大谷光真門主は「親鸞聖人750回忌大遠忌についての消息」でこう述べて、僧侶が聞信徒、一般の人々の「悩みや思い」を共有し教化伝道に取り組むよう諭している。
村橋議員は「住職、寺族と聞信徒の間で心が通じ合っているかが重要なポイント。(中略)
そのためにはカウンセリング技術習得の僧侶育成が必要ではないか」と問うた(中略)。
園城総務は、「新システム構築の方向性は、人々の苦悩に共感し共に歩む姿勢という資質向上を念頭に置き、話し合い法座の時間枠を拡大する。
これは自らの思いを相手に伝えるとともに相手の思いに共感していく取り組み。これはカウンセリングの理念にも通じる」と述べ、理解を求めた。
人々の悩みや思いを受けとめ、相手に応じて教化伝道することが、仏法を伝えるのに大切であることは言うまでもありません。
しかし、僧侶自らが先ず、肝心の「仏法」を正しく知らねば、どうして聞信徒を正しく「仏法」に導けるでしょうか。
その、自身の親鸞聖人の教えの正しい理解を抜きにして、どれだけ「カウンセリング技術」を磨いても、栓がないのではないでしょうか。
たしかに嫁姑や親子問題、職場での人間関係、恋愛相談など、苦しみはまさに色を変え形を変え、十人十色、百人百様です。
それら相手の悩みをよく聞いてあげるだけで楽になり、生きる力が湧いてくる、ということも勿論ありますので、大切なことには違いありません。
それには、相手の気持ちを察知する感覚や礼儀・言葉遣いを磨くよう努めることも必要でしょう。
しかし、例えば心身の病いのことなら医師の診察や治療が必要ですし、離婚訴訟や隣家との境界線の諍いなどは法律家の守備範囲です。
餅は餅屋、それぞれの専門分野があるのです。
まさか「浄土真宗」の住職や布教使が、それらすべてをカバーすることなどできるはずもありませんし、そんなことまで門徒の人は僧侶に求めてはおられないでしょう。
また、そのようなプライベートなことを語り合うためだけの「話し合い法座」ではないはずです。
それでは「法座」になりません。
弥陀の本願を正しく伝えてこそ「法座」
「法座」の「法」は、仏法のこと。
「仏法」とは、すなわち「阿弥陀仏の本願」です。
その弥陀の本願を正しく伝えてこそ「法座」であり、門徒の皆さんに「本願寺」の住職としての役目を果たせるのではないでしょうか。
「本願」を伝えない「本願寺」など、悪い冗談でしょう。
では「阿弥陀仏の本願」とは何か。
一言でいえば、
「本師本仏(大宇宙の仏方の先生)である阿弥陀仏が、なされているお約束」
のことですが、親鸞聖人はその「弥陀の本願」をどのように明らかにされているのか。
この肝心要の「親鸞聖人の教え」が全く説かれないまま、一体なにを「話し合う」のでしょう。
「教え」の説かれていないところに、「話し合い法座」は有り得ません。
蓮如上人は「信心の沙汰」を大いに推奨されていますが、それは先ず、蓮如上人が親鸞聖人の教えを正しく説かれてのことです。
その上で「私はこう聞いた」「あなたはどう聞かれたか」という信仰の語らいがあり、親鸞聖人の教えの誤解が正され、理解を深めることができる。
そういう場としての「信心の沙汰」をおおいにせよ、と勧めておられるのです。
ところが、最も大事な「親鸞聖人の教え」を、住職からして「念仏さえ称えて感謝の日暮らししておれば、死んだら極楽」「死んだら仏」などとトンデモナイ誤解をしているのですから、伝える必要も感じてないし、門徒は門徒で「念仏さえ称えていれば助かるのなら、別に寺までわざわざ出かけずともよい」と、聞法する気にもならない。
「話し合い法座」どころではなくなるのです。
「時間枠の拡大を」の対策を打っても、「意味のない時間」を引き延ばしたところで、やはり何の価値も生まれません。
熱気に満ちる親鸞会の「信心の沙汰」
それと対照的なのが、浄土真宗親鸞会の同朋の里や法輪閣など聞法ドメインで行われている「信心の沙汰」でしょう。
「アッという間に時間が過ぎた」「法味いっぱいの話し合いだった」「もっと時間が欲しい」という親鸞学徒の声には、高森顕徹先生から一日、親鸞聖人の教えを聞かせて頂いた喜びが溢れています。
一切経を凝縮されたような講義・ご説法は余りにも深く、これはどういうことか、もっと知りたいの熱気が、聞法ドメインにはいつも満ち満ちています。
D館を、次はF館をと、親鸞会の皆さんからの声が上がるのもよく分かります。
願わくば、本願寺の「話し合い法座」の試みが、いつぞやのネット事業のように頓挫したり空中分解せぬよう、まずは門主さまから、「信心一つで救う、平生業成」の弥陀の本願を正しく知っていただき、全国二万の末寺住職に徹底して頂きたいと思います。
そうして始めて、親鸞聖人・蓮如上人の御心にかなう「話し合い法座」になり、さすれば「時間枠の拡大を」の声は、聞信徒から上がるのではないでしょうか。
親鸞会会員が見た本願寺の現状 一覧